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今年もたくさんノートを書いて、文章を書きたい

時間を見つけては、去年書いたノートたちを読み返している。

2025年は、9冊のノートと手帳1冊を使った。まだ使いかけのノートがあるので、全部で10冊いかないくらいの量。
今年もたくさん書けて感慨深い。

私が手帳やノートをこんなに使うのは、書くことを大切にしたいからだ。(文房具が好きだからというところもあるけれど。)
仕事が忙しかったころ、毎日を頑張っていたはずなのに、一年が終わってみると、何も残っていないような気がしていた。
手帳にTodoや予定は記録してある。でも、そのときの私は何を考えていたのか何を感じていのか、過ぎ去っていくと忘れてしまう。
年の終わりに、今年一年も早かったですねと、ありきたりな言葉しか出てこなくなってしまうことが、嫌だった。

それから、ノートになんでも書くようになった。
日記というほど、たいそうなものでもない。
今日やること、その時思ったこと、なんでも記録するノート。

「ワイン1杯サービスしてもらえて嬉しかった!とか、「〇〇の発言ムカつく!」とか、「これ頼まれたけど、当初と話違わない?」とか。
あけすけな言葉で書き綴っている。

こまめに言葉で出すことが精神安定につながるし、ごちゃごちゃ悩んでいることも整理できる。
毎日ノートを書くことを習慣にしていった。誰も見てないから、何を書いたって差し支えないし。

一年で書いたノートたちを読み返すと、この日がちゃんとあったんだなと感じられる。
愚痴に何ページにも渡って続いてたり、筆ペンで「うぜえ!!!」と書き殴ってあったり、その時の感情が生々しく残っている。
その時は必死だったんだなぁと微笑ましく感じる。読み物としてもけっこう面白い。

そして、振り返ってみると、今の自分の伏線になる出来事に気づく。

例えば、2月くらいに、韓国の女優さんがバッグの中身紹介をしていた動画を見た。そこには、谷川俊太郎の本が並んでいて、その女優さんは意味を調べなら、本を読んでいるのだと話していた。
「仕事で忙しいだろうに、母語ではない本を紐解きならが、味わおうとしている姿勢が素敵」と、私はメモしていた。

現実の私は、星の王子さまを読んだきり、しばらく洋書からは離れていた。
それから、3ヶ月くらいして、インスタで流れてたAnnotation(本に注釈を書き込みながら読む方法)の写真にときめいたりしていた。

前もって、「今年は、本をたくさん読もう」とか「英語で本が読めるようになりたい」とか、ウィッシュリストに書いていたのではない。
でも、今、私は洋書を読む習慣ができている。
一年という時間をかけて、あの女優さんの姿や、インスタで見たAnnotationの写真が種として撒かれて、芽が出てきたからだと思う。
そしてノートの中には、まだ芽になっていない種も入っているんだろう。
でも、もし書いていなかったら、種があったことも知らずに見過ごしてしまう。


昨日、「吉本ばななさんの文章講座の動画を見た。

今にならないと本当にわからないことだったんだけれども、この人たちの人生の中でこのメモを取ったことっていうのは、今気づかなければどこにも残っていなかったものなんだ。それがいいなと思って。
だから一回書いて忘れちゃうぐらいの感じで、だけどクオリティを整えておけば、もう何十年も経ってから本当に生々しく、そしていい感じに思い出せるんだなっていうことがわかったんです。

あたり前の1日を10年後の宝にすること
自分の日常をそう書き記せたらなんて幸せだろうと思った。
私は、普段ノートに書く日記も、このnoteも独り言を書き散らすスタイル。
でも、その動画で添削された作品たちは、帰宅するときの情景から寒さを描写したり、小説のような雰囲気をもって書かれているのが面白かった。

自分のための文章だから、私が理解できればいいじゃんと思っていたけど、
自分以外の人が呼んでもイメージができる文章、情景のディティールにこだわって書けたら素敵だな。
この一年で、そんな意識を持って、たくさん文章を書いていきたい。

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