現金を下ろした私は、このお金を何に使おうかと思い巡らせた。
生地がかわいいバッグ。この前、セレクトショップで見かけた。そのときは素材的に冬シーズンしか使えないからと通り過ぎた。
気になってたセットアップ。似たようなもの持ってるからと見送った。
せっかくなら、憧れのブランドのネックレス、バッグもいい。

雑誌やネットから写真を切り抜いてはノートに貼った。これが手に入るなんてどんなに素晴らしいだろうと胸がときめいた。
こんなに欲しいものがあったなんて。
自分はそこまで物欲がないなんて勘違いしていた。
手に入らないから、はなから見ないようにしていただけ。使わなくても生きていけるから、必要ない。と自分を納得させていただけだった。
実用性のあるもの。長く使えるもの。それが自分の選ぶ基準になっていた。
でも、振り返れば、そういう計算はほぼ当てにならない。笑。
今度コンサートに行くからと思って買った服はコンサートが終わったら出番がなくなった。
5年以上、出番がなかった指輪は、新しく買った指輪と重ね付けしたら、また再熱して、ヘビロテするようになった。
気に入ってたけど、やむを得ず手放すこともある。着心地とか、メンテナンスのしやすさもあって、買ったときと印象は変わる。
人との出会いのよう。
この人とどんな思い出ができるのか、付き合ってみないと分からない。
好きってだけで、気になるってだけめ買えたら素敵だろうと思いながら、手元のお金を何に交換するか思いを巡らせた。
でも、店に行こうかと思うと、身体が重くなった。
面倒。おっくう。
わざわざ買わなくても。
ふだん買えるくらいの少額のものを積み重ねて、合計100万円だったなら抵抗はないのかもしれない。
気になるもの全部ではなくても、1つや2つは買える。でも、その代わりに今机の上にある札束の厚みはなくなってしまうのだ。まるごと100万円を支払うことがこんなに重いなんて。
わくわくしていた気持ちは消えた。
お金がないから買えないのではない。
お金があっても、買えない。支払いたくないと思っているんだ。
お金があれば、これも買える。あれも買える。
でも、決めなくていい。動かなくていい。
それを楽しんでいた。