夢に期限をつけよう。
そう言われることがある。
たしかに、それは行動につながる。
「いつか」やりたいことが「今やろう」になることもある。
でも、目標とは諸刃の剣かもしれない。
特に、期限などを決めてガチガにやろうとすると、
「期限を守れたか」「目標を達成できたか」ばかりに意識が向いてしまう。
その過程で得られた体験を見落としてしまうこともある。
私も最近、とある夢を叶えるべく取り組んでいた。仕事ではなくて、趣味の話だけれど。
自分にとっては、「本当にできるか分からない」と感じるようなこと。
だからこそ、「○月までにここまで進みたい」と目標と期限を決めて進めてきた。
毎週スケジュールを立てて、自分なりに努力して、次どうするか工夫をしながら、積み重ねた日々だった
思ったよりずっと時間がかかって、期限までに理想の形にはならなかった。
自分1人だけでなんとかなる話でもなくて、そのときの環境や、一緒にやるメンバーのモチベやペースによっても、すんなり進むかどうかは変わってきた。
結局、予定してた期日の1ヶ月を過ぎても、目標にしてた状態までは行けてなくて。
なんなら、今書いてる時点でも叶ってない。
ああ、間に合わなかったと、がっかりした。
最初思っていたほどのモチベはなくなった。
正直、できなくても実生活上は何も困らない。
だから、そこまで落ち込まなくてもいい、割り切ろうかとも思った。
でも、そうしたら、そこまでやってた努力を見てない気がして。
しばらくの間、しっかり悔しがった。
はああ〜頑張ったのに報われなかった!!
と。
ただ、報われないという言葉で片づけるのも惜しい気がした。
結果だけみれば、未達になるのかもしれない。夢は叶ってないことになるのかもしれない。
でも、体験したことはあった。
この間にできるようになったこともあった。
目標があったから、その期間、私は一喜一憂して、自分のドラマを繰り広げていた。
「成功したから嬉しい」
「失敗したから落ち込む」
そう感じるのは自然だけど、結果だけで片づけるとしんどくなってしまう。
「失敗したからダメ」「達成できなかったから無駄」だと思ったところで、幸せにはならない。
感情を決めるのは結果じゃなくて、自分自身の視点なんだと思う。
だとしたら、自分の心もちのために、目標の位置づけも変える方が自然かもしれない。
実際に山を登っていると、予想外の坂道があったり、道を間違えたりすることもある。
そんなとき、地図を書き直すことは“ズル”じゃない。
むしろ「自分にあったルートを見つけ直している」ということ。
目標とは方向性をくれる地図くらいの距離感で。
旅の目的や根っこの思いがブレていなければ、目標は変えてもいい。
むしろ、状況の変化や自分の変化に応じて、柔軟にアップデートしていくのが自然なのかもしれない。
大切なのは、その道をどう歩いたか。
夢を叶えるにしても、自分も対話しながら、そのときの心に誠実に進んでいきたい。